「悔しいなあ。あんないい奴が死ぬなんて。まだ俺には信じられない」(伊東高校山岳部OB)

提供: 19721108
移動先: 案内検索
俺にとってそれは突然でした。そう、あまりにも突然やって来たのです。こんな道理にあわないことが起きるなんて、神や仏は何をしていたのだ! 悔しい! そんな事をした奴を捕えてぶっ殺してやりたい。何が革マル派だ。何が中核派だ。そんなもの無くなってしまえ!! みんなおもしろ半分じゃないか。まるで子供の戦争ごっこじゃないか。お前等なんか人間のくずだ。人の命を絶つ権利なんかお前等みたいな腐った奴にある訳がない。そのくせ自分の命を惜しがるくせに。馬鹿野郎!! 何が! この社会を変えるだと。フン、てめえの頭のハエも追えねえくせに何言ってやがる。お前等はくずだ。人間じゃない。人間の皮をかぶった悪魔だ。犬畜生にも劣る野郎だ。お前等なんて死んじまえ。畜生、悔しいなあ。あんないい奴が死ぬなんて。まだ俺には信じられない。こんな事があってもいいんだろうか。今にも奴がのれんをくぐって「こんにちは、山口さん」なんて言って来てくれるような気がする。俺も「よお!元気か。まあ食えよ」なんて言って高校時代のことを話し合うだろうな。
あんな時は、へまばっかりしてお互いに頑張ったものだな。そう、俺はお前が山岳部に入ってきた時、こいつなかなか足が速そうだな。1年なんかに負けてたまるか。なんて気を張って潮吹きまでよく競争したものだ。校内マラソンではお前に負けてしまったが、クラブでは俺を立てたのか知らないが半々だったな。あの時は苦しかったが、今考えると楽しかったなあ。そうそう、龍瓜山へ行った時のことを覚えているか? あの時はほんとうに疲れたよ。なにせ、俺は上級生だから頑張らなくちゃと思ってはいるものの、ついみんなが「疲れたから少し休みましょう」というと「そうするか」なんて言っちゃってついつい休んだっけな。だから優勝できなかったのかもしれないな。最後の方は、もう水をガブガブ飲んでふてくされて帰って来たな。学校に着いたのはビリの方だったな。でもほんとうにあの時は疲れたよ。二度目だというのに。しかし考えてみれば俺達はできるだけやったよな。最後まで歩ったことだけが救いかな?
それから剣岳に行った時のことも思い出すなあ。雷鳥沢を登った時、2人とも足を痛めて、2人でみんなが迎えに来るのを愚痴ばかり言いあって待ったな。俺はすぐ治ったけどお前はなかなか治らなくて、とうとう立山には行かなかったな。残念だったろう。でも立山はつまらなかった。やはり剣岳の方がすばらしかった。あの何ていうか男らしい雄々とした山肌。人を寄せつけない谷底。切り立った頂上。俺は、あの山にとりつかれてしまったくらいだ。日本にもこんな険しい山があったのかと驚いた。お前もここまで来て剣岳に登らなかったら何のために毎日毎日トレーニングをし、計画を立てたのかわからなかったよな。お前も登っている時は嬉しそうだったな。お前の元気な顔を見て、みんなもやっとあのじめじめした雰囲気が抜けてたのしかったっけな。でも、この時からお前は足が弱くなったな。スキーに行った時も穴にスキーを突っ込み足首を痛め、とうとうスキーもできなくなり、留守番ばかりだったな。お前は不運な奴だ。みんなに心配かけまいと、痛いのをよく我慢していたっけ。俺はあまりお前の愚痴は聞いたことはないけど、さぞや辛かっただろう。足が2倍にもふくれちゃって、帰る時なんか苦労したな。杉本さんがおんぶしてバス停まで何倍もの時間をかけて歩いたな。それから……俺も馬鹿だな。みんな思い出すのはお前が辛かったことばかりだ。お前の笑った顔を思い出そうとしても、俺には何故か思い出すことができない。どの写真を見ても。なんてことだ。こんな不公平なことがあってもいいのだろうか。あん畜生等がのうのうと生きていると思うとハラワタが煮えくり返ってじっとしておれなくなる。馬鹿野郎!! 何故、何故お前だけがこんなめにあわなければならないんだよお! さぞかし辛かったろう。くやしかったろう。俺はお前をこんなめにあわせた奴等を憎む。一生、憎み続け奴等を地獄にたたき落としてやる。誰でもいい。汚い言葉、ののしる言葉、あざける言葉を教えてほしい。そして一つ一つ大きな声で奴等にぶちまけてやりたい。そんなことでもしなければこの気持がおさまらないじゃないか。そりゃあ、わかっているさ。こんなことをしても彼は生き返りゃしない。もう遠い人だということは。
お前は天国にいるよな? 赤や青や黄色い花が咲き、そこを白い雲に乗りながら俺達を見守ってくれているだろう。俺は頑張る。お前の死が、人間一人の死で終わらないように。お前は俺の心の中で生きている。いや、友達みんなの心の中に生き続けるだろう。俺は忘れないぞ!! お前との苦しかった2年間、楽しかった2年間。それは俺の一生の一部にしても、たとえどんなに時が過ぎても、どんなに心が変っても、お前と俺とは山友達じゃないか。冬の山のようにいつまでも純粋でありたい。
最後に一つ、君の安らかな眠りに。
今は、君が安らかに眠ることを祈るだけである。君が死すとも、君は俺達の一人一人の心の中で永遠に生き続けるであろう。君の青春は束の間であった。これからという時に、君のその青春は俺達と共にすぎ去って行くであろう。君と俺とはいつも一緒だ。この写真と共に、さあ、もう一度、もう一度山へ行こう。汗を流し歯を食いしばって登ったあの山道を歩こう。ほら、頂上にはうぐいすや石楠花が君の来るのを待っている。はるか遠く、伊豆七島を眺めながら大きなムスビを食べよう。赤々に燃えあがるキャンプファイヤーを囲みながら、みんなで歌おう。大声出して。そして流れ星を数えながら、暖かいテントに寝よう。後は楽しい夢を見て。また明日も登ろう……。11月にはまた会おう。君が眠る海の見える丘で。
友よ、安らかに眠れ。いつまでも、いつまでも。
(伊東高校山岳部OB会発行「川口大三郎遺稿集」掲載)